チュンコの物語です。少し長いです。

 


 スズメの女の子、チュンコは朝ゴハンの時間です。
 おかあさんはいつものようにゴハンをいっぱい作っています。おとうさんは「すずめ新聞」を読んでいます。
「チュンコ、顔洗ったの。洗ったら、朝ゴハン食べなさい」
 チュンコは眠たそうに小さな翼で目をこすりながら、丸い小さないすにに腰掛けます。
「チュンコ、今日はどこへいくんだ」
 おとうさんは新聞をテーブルの上に置くとチュンコの眠そうな顔をのぞきこみながら、ニッコリほほえみます。ほっぺたを朝ゴハンで一杯にふくらませたチュンコは答えます。
「今日は暑いから、森の広場のお池でポッポとカーコと水浴びする」
 それを聞いたおかあさんが洗い物の途中、振り返って言いました。
「ポッポって。あのハトの女の子ポッポのこと」
「うん、そうだよ」
 チュンコが答えるとおかあさんは目を白黒させました。
「すごく頭がいいんだってね。鳥の世界でも有名よ。チュンコも水浴びなんかしていないで、勉強を教えてもらったら」チュンコもおとうさんも、またいつものが始まったと苦笑いです。
「おとうさんは元気一杯のカラスの男の子、カーコだったかな。好きだけどな。チュンコ、さあ暑くならないうちに行ってらっしゃい」
「うん、行ってくる」
 チュンコは自分の食器を片付けるとフキンを持ってテーブルを拭きに行きます。
「よっこいしょ」おとうさんも立ち上がり、テーブルにおしりを向けると「ぶっ、ぶー」と、大きなおならをしました。
「おとうさんったら、もう」おかあさんは翼でバタバタ、おならを追い払いながら怒っています。
 チュンコはおならの風圧で勢いよくめくれ上がった新聞にビックリ。
「わあー。おとうさん、すごい。おなら、もっとすごい。」チュンコは大喜びです。

 チュンコが森の広場に着くとポッポとカーコは暑さを避けるように木陰で休んでいました。
「チュンコ、遅いよ」ポッポはすこしふくれています。
「チュンコ、今日は何して遊ぶんだ」カーコは元気な男の子らしく、遊ぶことに気持ちが向いています。
「うーん。何しようか」チュンコは困ってしまいました。遊びという遊びはやりつくしてしまったからです。
 チュンコ、ポッポ、カーコはため息ばかり。
「ふー。何しようか」

 チュンコはポッポとカーコに朝の出来事を話し始めました。おとうさんのおならのこと、おかあさんが慌てて翼でおならを追い払ったこと、おならが新聞をめくったこと。チュンコ、ポッポ、カーコのかわいい笑い声が森の広場に響きます。
「おとうさん、すごい力を持っているわ」ポッポは大笑いのあと、こぼれてくる涙を拭きながら言いました。
 「チュンコもびっくりした。おならにはすごい力があるんだと思った。」
「カーコも葉っぱぐらいはふきとばせるよ」
「ここで、おならしないでよ」
ポッポはあわててカーコから離れます。みんなはまた大笑いです。
「ポッポ、カーコ。おならはとってもすごいから、おならをして、地球止められないかな」チュンコは目をキラキラさせています。
「ポッポ、そんなことできるのか」ポッポはカーコに聞かれ、「うーん」と言って考えこんでしまいました。
「おならの風圧で地球の回転を止めるとなると・・・相当たくさんのおならが必要かも」
 チュンコはひらめきました。
「だったら、みんなでおならをすればいいよ。世界中のみんなでいっしょになって、いち、にのさんでおならをすれば、地球はきっと止まるはずだよ」
 チュンコたちの話をお日様はニコニコして。時々びっくりしながら聞いています。そして、いつまでもお日様のやさしい日差しはチュンコ、ポッポ、カーコの上にふりそそいでいました。

「それで、どうすればいいんだ」お昼ゴハンでおなかがいっぱいになったところで、カーコはチュンコとポッポにたずねました。
「まずは地球の動きを止めるため、世界中の仲間に同じ方角、同じ時間に地球の回転と逆方向へ向かって、おならをしてもらわなければならないわ。そうして、風圧パワーで地球の回転を止めるの」
「うん、うん」チュンコとカーコは大きくうなづきました。
「それから、世界中の仲間にこのことを伝えなければならないわ」ポッポは学校の先生みたいです。
「うん、うん」チュンコとカーコは身を乗り出します。
「みんな、飽きっぽいし、忘れっぽいから、実行まで長引かせるのは、だめ。3日ぐらいが限界かな」
「そうだな。みんな、ゴハンを食べると忘れちゃうからな」カーコはさびしそうです。チュンコもおとうさんがゴハンのたびにゲップやおならをして、おかあさんに怒られていることを思い出して、すこし暗くなりました。
「3日ぐらいは覚えていると思うけど」ポッポも自信が消えかけていきます。
「とにかく、やってみようよ」チュンコの元気一杯のかけ声でポッポもカーコも「うん、うん」と力強く返事をします。
「3日後のこの時間。西の方向におしりを向けて、おならをする。ぷっぷっぷー大作戦よ」ポッポの言葉に、チュンコとカーコの声が森の広場に響きます。
「がんばって、大きなおならをしよう」
「ぷっぷっぷー大作戦。おならをしよう」

 カーコは森の広場にいる仲間のカラスにぷっぷっぷー大作戦の話をしています。
 カラスたちはびっくりしました。「おならで地球を止めるのか」笑っているカラスたちにカーコは一所懸命、説得しています。しばらくすると笑っていたカラスたちもカーコの真剣なお願いに心が動かされました。
「おもしろいよ。森の広場の仲間たちだけじゃ無理かもしれないけど、世界中のみんなが力を合わせれは・・・もしかしたら」
 カーコはお願いします。
「みんな、とにかく時間がないんだ。頼む、多くの仲間に知らせてくれ」
「カーコ、おれたちにまかせろ。おもしろくなってきた。」カラスたちはあわただしく、飛び立っていきました。

 カラスたちは南国に向かおうとしているツバメたちをつかまえて、ぷっぷっぷー大作戦の話をします。
「それは面白い。喜んで協力させてもらうわ」ツバメたちは気持ちよく、引き受けてくれました。
「私たち、ツバメは今からすぐに南の国に旅立ちます。その途中で出会う鳥の仲間や海にいるクジラさん、イルカさん、サメさん、ウミガメさん、シャチさんやマグロさん、トビウオさん、タコさんにもお願いしてみるわ」そう言うと、大急ぎでツバメたちは飛び立っていきました。

 カラスたちは海に行ってはカモメやウミネコに話をし、山に行ってはフクロウ、トンビ、タカやキツツキ、クマにタヌキ、キツネ、ムササビと大笑いしました。街ではイヌ、ネコ、ネズミにお願いしました。
「カーコ。これでほとんどの仲間に伝えた。みんな、喜んで協力してくれるそうだ。地球、止まるといいな」
 カーコはあっという間にぷっぷっぷー大作戦が広まっていったことに驚きました。いつもは嫌われているカラスたちですが、頭が良くて頼りになる仲間です。カーコはカラスでよかったと思いました。

 チュンコとポッポは鳥の長老に会うため、森の奥の奥にやってきました。
 鳥の長老は世の中のすべてを知っていて、ものすごい力を持っているといううわさです。
 ポッポのアイデアで、ぷっぷっぷー大作戦に協力してもらえるよう、鳥の長老にお願いにきました。
 森の奥の奥は暗く静かで冷たくて、チュンコもポッポも怖くてしかたありません。
「ポッポ。私たち、お化けでも出てきて、食べられちゃうんじゃない」
「チュンコ、変なこと言わないで」ポッポの声は少しふるえています。
「ポッポはその鳥の長老さんに会ったことはあるんでしょ」
「ううん、会ったことはないわ」
 チュンコはポッポの顔をまんまる目で見ながら小声で言いました。「会って、話を聞いてくれるかな。」
 チュンコが不安になっていると突然、強い風がふいてきました。チュンコとポッポは飛ばされそうになる体を両足で踏んばり支えます。風で目が開けられません。そして、風が止み、目を開けると、そこにはカーコの10倍はありそうな大きなワシがチュンコとポッポを見下ろしています。白い毛が体全体を覆い、細く深い目に強さがあふれています。
「小さいスズメの子にハトのお嬢さん。私に何か用かな」
 チュンコはおそるおそる聞きました。「あなたが鳥の長老さんですか」
「スズメの子。そうだ。用件を早く言え。つまらない話だったら食べてしまうぞ」
 チュンコとポッポは涙が出そうになりました。しかし、ここで引き下がれません。食べられてしまうからです。
 チュンコはひとつ、大きく深呼吸をすると鳥の長老ワシに負けないくらい大きな声ではなしはじめました。
 世界中のみんなが力をあわせておならをして、地球を止めること。そのために鳥の長老の力を借りて、世界中の仲間に早く知らせてもらいたいこと。そして、ケンカや言い争いをしている仲間がぷっぷっぷー大作戦をきっかけに仲良しになってもらいたいこと。
 ワシは真剣な顔で聞いていました。
「ぷっぷっぷー大作戦か、わはははは、わはははは」ワシは森が揺れるほどの笑い声をあげました。
「スズメの子。よくそんな面白いことを考える。」
「手伝ってもらえますか」ポッポがこわごわと聞きました。
「もちろん。こんな面白い話は聞いたことがない。そうだ、時間がないんだったな」
「チュンコ、食べられなくて良かったね」ポッポは力が抜けて、その場に座り込んでしまいました。
「スズメの子、ハトのお嬢さん。世界中の仲間に早く知らせるためには一番高い山のテッペンに行かなければならない。さあ一緒に行くぞ。二人とも、私の足にしっかりつかまれ。」ワシはチュンコとポッポが足につかまると、ものすごい速さでで飛び上がりました。

鳥の長老ワシとチュンコとポッポはすべての世界が足元に広がる山の頂上にいます。やがて、ワシは高く透きとおった声で鳴き始めました。チュンコとポッポは黙って聞いています。ワシの声は空気を震わせ、雲に乗り、風が運びます。一番大切なものが生まれてくるんだとチュンコとポッポは確信しました。
 そして、ワシの一段と高い一声ですべて終わり、沈黙がまた山の頂上を覆います。
「これで、全て知らせた。終わった。」
ワシはチュンコとポッポを見下ろして、ニッコリと微笑みます。
「スズメの子。もし、このぷっぷっぷー大作戦で地球が止まったら、世界中の仲間たちが争いもケンカもなく、憎しみも怒りもなく、仲良く楽しく暮らせるようになるのかな。そうなれば、おならはばかにできないな。偉大なものだ」
 ワシ、チュンコ、ポッポは遠く向こう、空と地面がくっついている地球の端っこをまっすぐ見つめています。

     ポチャ。  ポチャ。

 チュンコは見上げました。
 チュンコの頭をぬらした雫は、ワシの目からこぼれ落ちる涙でした。

 鳥の長老ワシの言葉は、あっという間に世界の隅々まで駆け巡りました。
 中国ではパンダの親子がほほえんでいます。タイではワニの恋人たちが大喜びです。インドではトラがブンブンとしっぽを振って笑ってます。ロシアではシロクマがビックリして、地面を抑えました。オーストラリアのカンガルーやコアラはあまりのおかしさにゴハンの時間を忘れてしまいました。アラビアのラクダの子供たちは方角、時間を確かめて、はりきっています。モンゴルのウマのおかあさんたちは顔を真っ赤にして、恥ずかしがっています。カナダのオットセイやアザラシは喜び一杯、海に飛び込んでいます。アメリカのピューマの兄弟は時間を間違えておならをしてしまい、おかあさんに怒られています。ハクトウワシは昔からの友達である鳥の長老の声に耳をかたむけています。アフリカではライオン、チーター、シマウマ、キリン、ゾウ、サイ、ヒョウにハゲタカがおなかを抱えて笑っています。南極のペンギン、アラスカのグリズリーやラッコ、イギリスの野ウサギ、スイスのヤギはゴハンをたくさん食べて、準備万端です。
 みんながおならをすることでひとつになっています。笑い声が、地球を優しく包み込んでいます。

 ぷっぷっぷー大作戦まであと1時間。チュンコ、ポッポ、カーコは森の広場に集まっています。
「ほんとになっっちゃったね」ポッポは葉っぱが触れ合うほどの声でつぶやきました。
「本当に地球、止まるかな」カーコは空を見上げています。
「みんなでおならすれば、大丈夫」お日様のような笑顔で、チュンコはポッポとカーコを励まします。

 いよいよです。おならの時間です。
 チュンコは小さなおしりを、ポッポはかわいいおしりを、カーコは大きいおしりを持ち上げて、「いち、にのさん」。
「ぶー」、「ぶぶー」、「ぶーぶぶ」

 世界中でみんなが「いち、にのさん」でおならをしました。大きな音とにおいが地球を飲み込みます。

「あれ、地球、止まらないね。」
ポッポはさびしそうです。カーコもがっかりです。しかし、チュンコはあきらめていません。
「まだ、わからないよ」

 あちこちで響く「ぶー」「ぶぶー」という音と黄色い霧に包まれた地球は「何だ、この音とにおいは」とびっくりしました。
 そして、地球は今まで嗅いだことのないにおいに「これはたまらない」と力一杯、息を止めてしまいました。その時、奇跡が起きたのです。地球が止まったのです。

「ごごごおおおおお」とものすごい地響きの後、音のない世界がチュンコ、ポッポ、カーコの周りに広がります。
「止まった」ポッポはつぶやきました。
「止まったのか」カーコはあたりをキョロキョロと見回しています。
「止まったみたい」チュンコはニコニコしています。

 森の奥の奥にいる鳥の長老ワシは喜びをしぼりだすように叫びました。「おおお、地球が止まったか」

世界中の仲間は声をあげ、抱き合い、手を握り、肩を組んで喜んでいます。森の中、海の中、草原、砂漠、氷の上、川縁、山の麓で踊ったり、歌ったりしています。おとうさんもおかあさんも子どもたちも笑っています。笑顔だけが世界にあふれています。
 世界がひとつになった瞬間でした。

 息が続かなくなった地球は大きな息をひとつ吐くと、再び回転を始めました。この様子を見ていたお日様とお月様は、いつまでもニコニコしていました。

 チュンコはいつものように朝ゴハンの時間です。
 すずめ新聞を読んでいいたおとうさんは突然、大きな声上げて、朝ゴハンを引っくり返しそうになりました。
「おかあさん。人間の世界ですごいことになっているぞ」
「昨日の地震のことかしら」おかあさんはおとうさんの開いている新聞をのぞきこみます。
「すごいにおいと音と地震のことが書いてあるぞ。地球が1分間、止まったらしい。世界中の科学者たちが原因を探っているがわからないんだ。でも、地球が爆発することはないそうだ。すごいな。」
「おとうさん。地球のことより、朝ゴハンを早く食べてよ」なかなか片付かないテーブルを見て、おかあさんはおこっています。
「チュンコ、何か知っているか。ポッポやカーコは何か言ってなかったか」おとうさんは新聞を置くと、食事を始めました。
「知らないよ。おとうさん、またおならしたの。森の広場でポッポとカーコと遊んでくる」
 元気一杯に玄関を出たチュンコはニコニコしているお日様にペロッとかわいい舌を見せると、森の広場に飛んでいきました。
                 おわり

copyright  by  misuzu sugai

 2015.8.23 初稿

 2017.9.9 2稿